人生ストーリー 勝手に考察

タモリはなぜ第一線に立ち続けるのか。

司会の位置にいながら、その場でいちばん強い言葉を発する人ではない。それでもいなくなると番組の形が変わる、と受け取られている。何をしていないのかを考えた。

本人への取材は行っていない。公になっている姿と、それが受け取られ方をどう作っているかを、編集部が読み解いたものである。

目立つ人ではない、という不思議

長く画面に出ている人について語るとき、たいていは「変わらない」と言われる。この人の場合、そこにもう一つ加わる。目立っていない、である。

司会の位置にいながら、その場でいちばん強い言葉を発する人ではない。にもかかわらず、いなくなると番組の形が変わる、と受け取られている。

間を、埋めない

受け取られ方を作っているものの一つは、沈黙の扱いだと思われる。

会話が途切れたとき、司会が最初に埋めるという進め方が一般的である。だがこの人の進行では、途切れた時間がそのまま数秒残ることがある。残ったあとで、別の人が話し始める。

埋めないことは、技術としては見えにくい。何もしていないように見えるからだ。ただ、埋めないと決めているのだとすれば、それは判断である。

詳しさを、前に出さない

もう一つは、知識の出し方だと思われる。

ある分野に詳しいことが知られていても、その詳しさが会話の主導権として使われる場面は多くない。詳しい話は、聞かれたときに出てくる順序になっている。

詳しさを前に出さないと、周りが話しやすくなる。結果として、その場でいちばん話していない人が、その場を成立させているように見える。

第一線という言葉のほう

そもそも第一線に立ち続ける、という言い方が、この人に合っているのかは分からない。第一線という言葉は、前に出ている状態を指している。

この人がしていると見えるのは、前に出ることではなく、前に出る人を成立させることのほうだ。

いちばん話していない人が、その場を成立させているように見える。

それを第一線と呼ぶかどうかは、こちらの言葉の問題である。

書き手

小川原

編集者。店と人の関係を主に取材している。

小川原自身の偏愛:21年通っている理髪店

べつの見方

二十年、聞かないままにしている人の話。

偏愛 私が20年通い続ける町中華

日曜の便り

この取材で書けなかった話を、日曜に送ります。

記事に入りきらなかったやりとりや、途中でやめた企画のことを、週に一度だけ送っています。

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