偏愛
24年削り続けたまな板を、見せてもらった
料理教室を主宰するTさんのいちょうのまな板は、二十四年で厚みが二センチ減った。削るたびに包丁の跡は消える。残るのは、失われた厚みだけだ。
厚みが二センチ減っている
Tさんのまな板は、いちょうの木でできている。二十四年前に買ったときは厚さ四センチあった。いま測ると二センチを切っている。
削ったのは五回。最初の三回は近所の材木店に持ち込み、四回目からは自分でやるようになった。表面が黒ずんできたら削る、という判断でずっと来ている。
削るたびに、何かが消える
削ると、それまでについた包丁の跡は全部なくなる。深い傷も、魚を捌いたときの匂いも消える。買ったときの面に戻るわけではなく、その分だけ薄い、新しい面が出てくる。
Tさんは料理教室を主宰していて、これまでに延べ四千人ほどが同じまな板の前に立っている。
「自分がつけた傷より、生徒さんの傷のほうが深いんです」
削るのはたいてい、講座が一区切りついた時期だという。
「薄くなった分だけ、使ったということですから」
買い替えない理由は、まだない
同じいちょうのまな板は、いまも同じ材木店で買える。値段は当時の一・五倍ほどになった。買い替えの相談をしたことはあるという。店主には「まだ使えます」と言われた。
あと何回削れるか聞いた。「二回か、三回」と即答があった。
- 使い始め
- 2002年
- 材
- いちょう
- 削った回数
- 5回(うち3回は材木店)
- 手入れ
- 使用後に立てて乾かす。洗剤は月に一度だけ
取材の帰りぎわ、Tさんはまな板を洗って水を切り、流し台の脇に立てた。位置は決まっているらしく、手を拭くまで七秒だった。
あと二回か三回、と本人は言っている。
べつの見方
毎朝おなじ手つきを、七年変えていない人の話。
人生ストーリー 退職後、パン屋になった元営業マン日曜の便り
この取材で書けなかった話を、日曜に送ります。
料理教室主宰・Tさんへの取材では、記事に入りきらなかったやりとりがいくつかありました。そういうものを週に一度だけ送っています。
いつでも解除できます。
偏愛のほかの記事