カルチャー
昭和44年の夜、日本は何を見ていたのか。
昭和44年12月6日の新聞のテレビ欄に、いまのスマートフォンの番組表を並べてみた。局の並び順も、時刻の刻み方も、ほとんど同じだった。
昭和44年12月6日、金曜日
古書店で買った新聞のテレビ欄を、机に広げた。昭和44年12月6日、関東版。五局分が縦に並んでいる。
その上に、いまのスマートフォンの番組表を置いてみた。局の並び順が、ほぼ同じだった。
刻み方も変わっていない
紙の欄は、番組の開始時刻を分単位で刻んでいる。19時00分、19時30分、20時54分。この「54分」のような半端な刻みは、いまのアプリにもそのまま出てくる。
違うのは情報の密度だった。紙は一日ぶんが一枚に収まっている。アプリは一局ぶんを縦にスクロールする。
この新聞を売った古書店の店主は、テレビ欄だけを目当てに買う客が年に何人かいると言う。
「番組を見たいわけじゃなくて、その日が知りたいんだと思います」
一日で捨てられていたもの
当時、この紙は翌朝には処分されていた。テレビ欄は保存されることを想定して作られていない。
いま残っているのは、たまたま何かに使われて残ったものだけだ。この一枚も、包み紙として使われていたものだった。
「きれいに残ってるのは、たいてい捨てそこねたやつです」
- 紙面
- 昭和44年12月6日(金)関東版
- 掲載局数
- 5局
- 入手
- 古書店・包装紙として保管されていたもの
- 当時の新聞購読料
- 月額 750円
並び順は同じだった。時刻の刻み方も同じだった。
違うのは、この紙が翌朝には捨てられていたということだ。
べつの見方
同じ時間に同じ場所へ、という習慣のほうの話。
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