偏愛
18年洗い続けたエプロンの色を、聞きに行った
パン職人のNさんが十八年洗い続けた帆布のエプロンは、いま何色とも言えない色をしている。色は均一に抜けたわけではなかった。
もとは紺色だった
Nさんのエプロンは、いま何色かと聞かれると答えに詰まる色をしている。灰色にも、薄い茶にも、緑がかっても見える。買ったときは紺だった。
十八年前、開業の三日前に作業着店で買った。厚手の帆布で、当時の値段は四千円ほど。同じ日に二枚買って、一枚は五年でだめになった。
週に六回洗う
パン屋の朝は粉と油で汚れる。Nさんは営業日ごとに洗う。週六回、十八年で五千回を超える計算になる。
色は均一には抜けなかった。胸の高さだけが濃く残っている。生地を抱えるとき、そこに一番体重がかかるからだという。逆に紐の周りは白に近い。
「洗うたびに色が抜けて、いまは何色とも言えないですね」
言い方は淡々としていた。惜しんでいるようには聞こえなかった。
ポケットの位置だけ直した
十八年で手を入れたのは一度だけ。八年目に右のポケットが破れ、知り合いの縫製の人に付け直してもらった。もとの位置より三センチ下がっている。
そのほうが手が入れやすいと気づいたのは、そのときだったという。
「十年間、使いにくいと思っていなかったんです」
いまは一日に何十回も、そのポケットに手を入れる。
- 使い始め
- 2008年
- 買った場所
- 作業着店
- 価格
- 約4,000円
- 手入れ
- 営業日ごとに洗濯機。乾燥機は使わない
取材の日、Nさんはエプロンを外して壁の釘に掛けた。掛ける位置は決まっているらしく、そこだけ壁の色が変わっている。
翌朝も、同じ釘に掛かっていた。
べつの見方
このエプロンと同じ現場の朝を、四時二十分から追った。
人生ストーリー 退職後、パン屋になった元営業マン日曜の便り
この取材で書けなかった話を、日曜に送ります。
パン職人・Nさんへの取材では、記事に入りきらなかったやりとりがいくつかありました。そういうものを週に一度だけ送っています。
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