偏愛

座面だけ二度替えた椅子を、見せてもらった

詩人のHさんは、十二年前に買った木の椅子を座面だけ二度替えて使っている。脚と背もたれには、一度も手を入れていない。

机の脇に置かれた木の椅子。座面に麻の座布団が結びつけてある
十二年前に買った椅子。座面は二度替わり、脚は買ったときのまま。

脚だけが、買ったときのまま

Hさんの仕事机の脇に、木の椅子が一脚ある。十二年前、家具店の展示処分で買った。座面には麻の座布団が紐で結びつけてある。

この十二年で、Hさんは座面を二度替えている。脚と背もたれには一度も手を入れていない。

替えたもの、替えなかったもの

一度目は五年目。座面の板が割れ、同じ家具店に持ち込んで張り替えてもらった。二度目は三年前で、このときは自分で板を買って交換した。

脚がぐらついたことは一度もない。背もたれの塗装は剥げているが、機能に問題はないという。

「座面だけ二度替えました。脚は買ったときのままです」

全体を買い替える選択肢を考えたか聞くと、「座面が割れただけなので」と返ってきた。

書く時間と、待つ時間

Hさんは詩を書く。一日に四時間から六時間、この椅子にいる。ただし、そのあいだずっと書いているわけではない。

「書いている時間より、座っているだけの時間のほうが長いので」

詩は一行が出るまでに時間がかかる、とHさんは言う。机に向かってはいるが、手は動いていない。その姿勢のまま一時間が過ぎることもある。

十二年で、この椅子に座った時間はおよそ二万時間になる。うち何時間が「書いていた時間」かは、本人にも分からない。

使い始め
2014年
買った場所
家具店の展示処分
交換した部位
座面のみ(2回)
手入れ
座布団は年に2回洗う

Hさんは、この椅子で詩を書くと言った。書いている時間より、座っているだけの時間のほうが長いとも言った。

二度割れたのは、書いた量ではなく、座っていた量のほうだ。

書き手

小川原

編集者。店と人の関係を主に取材している。

小川原自身の偏愛:21年通っている理髪店

べつの見方

部品を替えながら使い続ける、という選択を別の角度から。

カルチャー 針を落とすという手間は、なぜ戻ってきたのか。

日曜の便り

この取材で書けなかった話を、日曜に送ります。

詩人・Hさんへの取材では、記事に入りきらなかったやりとりがいくつかありました。そういうものを週に一度だけ送っています。

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