偏愛

私が20年通い続ける町中華

元高校教員のSさんは、二十年同じ町中華に通っている。頼むものはほぼ決まっている。それでも店主の名前は、いまも知らない。

町中華のカウンター。箸立てと調味料が並び、壁に手書きの品書きが貼ってある
Sさんが二十年通う店のカウンター。席はいつもこの並び。

その店に、看板はある

Sさんが二十年通っている店は、駅から歩いて七分の路地にある。看板には店名が書いてあり、Sさんはそれを読める。知らないのは、店主の名前のほうだ。

週に一度、平日の夕方に行く。頼むものはほぼ決まっている。餃子と、半チャーハン。ビールは飲む日と飲まない日がある。

会話は、注文と会計だけ

二十年のあいだに交わした言葉を思い出してもらった。注文、会計、それに天気の話が数回。店主から個人的な質問をされたことは一度もないという。

「二十年通って、まだ名前を知らないんです」

Sさんは元高校教員で、三十八年間、毎日大量の名前を覚える仕事をしていた。いまでもどのくらい出てくるか聞いた。

「三百人くらいは、顔と一緒に出てきます」

聞こうと思ったことはあるか尋ねると、「ない」と言った。理由も特にないらしい。

四年前、二か月休んだ

店が四年前に二か月ほど閉まったことがある。貼り紙には「都合により休業」とだけあった。Sさんはその間、ほかの店には行かず、家で食べていた。

再開した日、いつもどおり餃子と半チャーハンを頼んだ。店主は何も言わなかったし、Sさんも何も聞かなかった。

通い始め
2006年
頻度
週に1回、平日の夕方
注文
餃子・半チャーハン
知っていること
店名、定休日、餃子が焼き上がる時間

Sさんは、店主の名前を知らないと言った。生徒の名前なら三百人出てくるとも言った。店が二か月閉まったあいだ、ほかの店には行かなかったとも言った。

取材のあいだ、その三つが並んでいることについて、本人は一度も触れなかった。

書き手

小川原

編集者。店と人の関係を主に取材している。

小川原自身の偏愛:21年通っている理髪店

べつの見方

二十年前と同じ夕方を、テレビ欄の側から見る。

カルチャー 昭和44年の夜、日本は何を見ていたのか。

日曜の便り

この取材で書けなかった話を、日曜に送ります。

元高校教員・Sさんへの取材では、記事に入りきらなかったやりとりがいくつかありました。そういうものを週に一度だけ送っています。

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