連載 あの頃と、いま。 第2回

1975年のテレビ欄を見てみた。あの日のゴールデンタイムを振り返る

1975年のテレビ欄と現在の番組表を重ねた。三十分で区切る作り方は五十年変わっていない。変わったのは番組の本数と、一本の長さのほうだった。

1975年の新聞のテレビ欄。定規と鉛筆が置かれ、数えている途中であることが分かる
1975年4月12日・土曜日の関東地区。六局ぶんが一枚に収まっている。

三十分で区切られている

1975年(昭和50年)四月十二日、土曜日のテレビ欄を広げた。まず目につくのは、番組の切れ目が三十分単位でそろっていることだった。

十九時、十九時三十分、二十時。六局のほとんどが同じ時刻で切り替わる。局をまたいでも、区切りの位置がずれない。

いまも、ずれていない

同じ曜日の現在の番組表と重ねてみた。切り替わりの時刻は、ほぼ同じ位置にある。三十分の区切りは残っている。

違いは、区切りの数だった。1975年の十九時から二十三時までに、六局で十八本。同じ時間帯のいまは二十二本ある。番組が少しずつ短くなっている。

ゴールデンタイムという言い方

十九時から二十二時をゴールデンタイムと呼ぶ区分は、この紙面の時点ですでにあった。番組表の欄外に、その言葉が使われている。

いま同じ言葉を使う場面は減っている。ただ、番組表の上では、この三時間の密度がいちばん高いという事実は変わっていない。

変わったのは、その三時間に全員が同じ場所にいるかどうかのほうだ。

紙面
1975年(昭和50年)4月12日・土曜日・関東地区
区切りの単位
30分(当時・現在とも)
19-23時の番組数
18本(1975年)/22本(現在)
比較した局数
6局

三十分で区切る作り方は、五十年変わっていない。番組の数は増え、一本の長さは短くなった。

同じ三時間を、いま全員が同時に見ているわけではない。

書き手

小川原

編集者。店と人の関係を主に取材している。

小川原自身の偏愛:21年通っている理髪店

べつの見方

六年前の紙面を、構造の側から見た回。

カルチャー 昭和44年の夜、日本は何を見ていたのか。

日曜の便り

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